今回は「ネコの選択 ~心理の神さまに愛を学んだレオとモモの物語~」の読後感想です。
読む時間は30分もあれば読めます。ただ、内容は30分では理解できないと思います(笑)
「相手とより良い関係を築くには」というコトに着目している選択理論心理学について書かれている本です。この本では夫婦関係を扱っていますが、夫婦関係だけではなく親子関係をはじめとした人間関係全般に幅広く使える概念なのかな、と私は思っています。
本著のあらすじ
結婚生活がうまくいっていなくて、「離婚」の2文字が頭をよぎるようになった主人公。
ゼミの同級生で勇也に会うと、かつては別居するまでに拗れた夫婦関係であったのが、それを修復して今は幸せに暮らしているという。
それは 「人生は選択の連続だ」という「選択理論心理学」を知ったおかげである、と。
選択理論の概要を説明するためにネコの夫婦の話がたとえ話として使われ(これが話の大部分を占める)、それを聞いた主人公に気づきがあって、行動の第1歩を踏み出す…というストーリー。
「選択理論心理学」を紹介するための本
この本は、ずばり「選択理論心理学」を紹介するための本、です。
選択理論を知ったおかげですれ違い夫婦がこれだけ変わった!という、サクセスストーリーみたいな展開になっています。
選択理論を知っている人、知らないけど興味がある人は読み進められるとは思います。
裏を返せば、誰かから勧められて無理矢理読まされている人とか、「選択理論って本当にいいの?」という疑いを持っている人は…あまり強くはオススメしません(興味を持たないものは、いくら良いものだと思って勧めても相手は面白くないだろうと思うしw)
私は選択理論を学んで何年か経っていて、概要部分はある程度分かっているので最後、じーんときましたよ。スタバで読んでたので泣くところまではいかなかったけど。
「相手との良い関係を望んでいるのにうまくいかない」それはなぜか?
人はそれぞれ、生まれながらに欲求の強弱があります。選択理論では、その欲求を「生存」「愛所属」「力」「楽しみ」「自由」の5つに分けて説明しています。
例えば、私のように「時間を自由に使って稼ぎたい」人もいれば(笑)←自由の欲求強め、
息子のように「困っている人がいたら見逃せない」人もいますし(笑)←力(貢献)の欲求強め、
夫のように「妻の手作り弁当に愛情を感じる」人もいる(笑)←愛所属の欲求強めw
それぞれ持って生まれた「欲求の度合い」に育った環境や体験した出来事など…から、その人の価値観が出来上がります。
人がどのようなところに喜びや怒りを感じるかは違います。そのように考えると、 人がどのようなところに「幸せ」を感じるかは、人それぞれ違うというのも納得できます。
「自分が正しい、相手は間違っている」という強固な「思い込み」
この本を読み進めていれば分かるのですが、猫の「レオ」と「モモ」は「2人の幸せ」を願って行動しているのです。
しかし、それは「自分の価値観を通して」だけの「2人の幸せ」であることに気が付いていないのです。
- 私は相手のためを思っているのだから、相手が私に合わせるべきだ
- 相手が間違っているのだから、私が正してあげないといけない
と思い込み、「私の思い描いた幸せ」に相手を合わせようとします。相手の思い描いた幸せとは当然「ズレ」があるのですから、そう簡単にはうまくいきません。
(もしくは、「私はどうせダメ人間だから」と必要以上にへりくだって相手に合わせるケースもありますが、今回はそのケースには触れていないので割愛)
相手が本当にして欲しいことは何か
夫ネコのレオにナビゲーター役の老ネズミが問いかける場面があります。
「(略)そこまで、分かっておるというのなら『奥さんが旦那のお前さんにしてほしい』と思っていることも、
すぐにわかるのだな」
(略)
「妻が僕にして欲しいこと?なぜだ?僕は彼女にとって理想的な生活を提供しているのに?」
「それは、本当に彼女にとって理想的なのかな?」
「な、なにが言いたいんだ?当たり前じゃないか?僕たちは夫婦なんだから」
「そうか、なら書けるのう」
このあと、レオはなかなか思い浮かばずに頭を抱えるのです。
相手の欲求の強弱(まあ、分かりやすく言えば「キャラクター」みたいなものですかね)を考慮したうえで「本当にしてほしいこと」ってなかなか思い浮かばないんですよね~。基本的に、自分の「価値観」を通してでしか相手を見ていないですからね。
じゃあ、自分の立場に置き換えてみましょう。「相手の価値観だけで相手が勝手に描いている幸せ」が実現したところで、それはあなたの幸せにつながりますか?ってところですよね。。。
選択理論は、シンプルだけど難しい
まず、この本1冊で選択理論のすべてが分かるわけではありません。考え方はシンプルなんだけど、今まで身に着けた概念やら価値観がありますからね。理屈が分かったところで「はいそうですか」とすんなり身につくものではない、というのが実感です。
「選択理論の考え方」を知ると…どうなるの?
これは、公式な見解ではなく、あくまで筆者自身の体感として掲載しておきます。
- 「どうして?」より「どうしたい?」に気持ちの焦点が当たるようになった
- 過去に執着することが減った
- 他人に「自分の機嫌を取ってもらう」ことがかなり減った
- 他人の意見によって自分の感情が揺れることがかなり減った
- 相手が本当に求めているものは「私が想像する『相手が求めているもの』とは一致しない」ことを知った
私が体感として感じているのは、こんなところでしょうか。
私自身、選択理論の考え方を知って生きるのが楽になったけど、その考えを広めて何かを成し得たいとは全く思っていなくて(←すいません、「力」と「所属」の欲求がかなり低いのでw
まず、私が楽しそうに生きて、それを見て興味を持った人が話を聞きたくなったら聞きにくればいいんじゃない?と思っているので、私自身が「選択理論を広めたい」とはあまり思っていないのです。
たまに、私のところに、どこから知ったのか「選択理論がいいって聞くんだけど…」という話をする人がいます。
まあ、選択理論をいいと思うか思わないかも含めて、その人に任せているので、興味がある人は講座にでも行けばいいんじゃないかとは思います。
私に「選択理論を教えて欲しい」という要望もいくつかあるんだけど、私が選択理論を教えられるようになるには、あと数年は待ってもらわないといけませんね(笑)←そして、積極的に教えようとも思っていないw
選択理論…概念そのものはシンプルで面白いとは思うけど、 身に着けるまでの過程は思いのほか大変だったりするのです。まあ、こういう考え方もあるよ、という情報収集にはなるのではないでしょうか。